ジャズアルトサックス(サクソフォン)の歴史に名を遺す名奏者アート・ペッパーについて、世間一般には「50年代、情感あふれる泣き節のメランコリックな奏者だったのが、薬物治療を経て、70年代にジャズ界に復帰すると、アバンギャルドな奏者に変貌した」と認識されています。もちろん、私自身そのように考えていました。
しかし、下記の映像の演奏をお聴きください。完全にコルトレーン・カルテットを意識した演奏に聞こえます。しかも後年、カムバック後まで含めても最も過激な表現です。そして録画日時を確認すると「May 9, 1964」となっています。つまり、アート・ペッパーは、薬物治療に入る前に、生涯で最も過激な演奏スタイルに挑んでいたという事になります。従来の定説は誤りだったのです!
コルトレーンと同時代に・・
1964年と言えば、まさにコルトレーンが伝説のカルテットを率いて、前人未到のジャズ表現に挑んでいた時期ですから、ほぼ同時代にアートも、おそらくコルトレーンに刺激を受けてでしょうが、同様の道を目指していたという事になります。
表現者、アート・ペッパー
私、鈴木学は個人的に、これはすごいことだと思います。アートは当時すでに名のある奏者で、実績も積み重ねていました。つまり、ジャズメンとして確立した存在だったという事です。60年代も半ばに差し掛かり、そろそろジャズリスナーが減少傾向にあったとはいえ、お店の出演スケジュールに「アートペッパー」と名前が掲載されれば、多数の観客が来店したでしょう。
しかし、観客は以前のアートのプレイのファンなのです。それまでにレコードや、ライブで聞いたアートの演奏と、同じような演奏が聴けるのを期待しているのです。その期待を裏切ってまで、ここまで大胆に演奏スタイルを変えるには、よほどの理由があってのことでしょうし、生活を考えれば勇気も必要だったはずです。ちなみに以前のプレイはこんな感じでした。
ほぼ、別人ですよね?(笑) このプレイを期待して聴きに来たファンが、上段のような演奏をされたら、怒って帰ってしまうかもしれません。何故、これほどまでにスタイルを変えたのか?まず、単純に商売上の理由、つまり新たなファン獲得や話題作りのためとは、とても思えません。そうとしか思えないジャズメンも若干はいましたが、アートの場合は、人気があった時のスタイルを維持するのが、商売上は得策だったはずです。
つまり、純粋に新たな表現を求めて、ジャズの幅を広げる為に、当時最先端のジャズスタイルに挑んでいたと考えるのが、自然なのですね。私はここに感動しました。あらためてアートを尊敬しました。皆さんも是非、上段の演奏を聞いてみてください。きっと何かを感じていただけるはずです!