ずっと演奏していたのに・・
実を言うと、このドラマを見る以前は、この曲をそれほど良い曲だとは考えていなかったのです。私の世代は、この曲がリアルタイムで流行していた時期を知りません。我々日本人は「愛の賛歌」と言えば、シャンソンを歌う名歌手越路吹雪さんの持ち歌だと認識していますが、越路さん自身、1980年にはお亡くなりになっていますので、その活動期、歌唱をはっきりと記憶しているのは、マアマアご年配の方々限定となります。
それでも私、鈴木学の場合、バンドマンとして毎週のように、披露宴のBGM演奏をしていた時期がありますから、結婚式の定番曲「愛の賛歌」は、ずっと演奏していました。ただ、越路さんの歌、もちろん本家、エディット・ピアフの歌も聞いたことが無く、楽譜を通じて「愛の賛歌」を知り、演奏していたのですね。
そのように楽譜のみを頼りに、この曲を演奏していた当時、実を言うと「なぜ皆、この曲が好きなのだろう?」と不思議に感じていました。
当時、この曲を含め聞いたことが無い楽曲を演奏する場合、お客様の楽曲に対するイメージを壊すことが無いように。できるだけ譜面に忠実に演奏することを心掛けていました。ほとんどの曲は、そのように譜面に忠実に演奏することで、演奏する私自身、良い曲だなあと思えました。それはもちろんお客様にとっても同様だったはずです。しかしながら、この曲「愛の賛歌」の場合は、少なくとも当時用いていた楽譜を元に演奏しているかぎり、それほど良い曲とは思えなかったのです。
譜面、楽譜の限界を感じる
にもかかわらず、今ではすっかり、この曲が好きになってしまいました。それはもちろん、譜面からではなく、「歌」を聴いたからです。ここで、シャンソンを代表するエディット・ピアフの見事な歌唱をご紹介しましょう!
実にドラマティックかつ、ロマンティックな名唱だと思いますが、皆さんはどう感じられましたか?聴くところによれば、ピアフはこの曲を作詞し、初演したとのこと。しかしながら本人は楽譜の読み書きができなかったらしいので、歌唱表現の中の音符的要素は極めて薄くなります。つまり少なくとも、ピアフの中では「愛の賛歌」は楽譜、音符になっていなかったという事です。後になって、この曲を世間に、全世界に、そして後世に残そう、記録しておこうという段階になって、音符に変換された楽譜が世に出回ったのですね。
私自身、楽譜からではこの曲の魅力にサッパリ気づけず、名歌手、越路吹雪、エディット・ピアフの歌を聴く事で、虜になるほどお気に入りの曲になりました。これが一体何を意味するのか?もちろん私の読譜力、想像力が不足していると言われればそれまでなのですが、さすがに音楽のプロとして、そこは自信のある部分ですので、それは無いと断言できます。だって、楽譜のみを頼りに演奏しても、観客に曲の魅力をお伝えできている楽曲がほとんどなのですから・・。
西洋音楽にとって、楽譜はもちろん偉大な発明品です。世界中の誰にでも音楽を届けることができるのは楽譜が存在するからなのです。しかしながら、一般的な楽器演奏学習者が信じているほど、楽譜は万能ではありません。語りかけるような、訴えかけるようなピアフの歌唱は音符には書けないのです。だから、楽譜から入った私は「愛の賛歌」の魅力に気づけなかったのです。
実を言うと、ジャズについてもその演奏上のニュアンスを音符で書き表すことは不可能です。もちろんそれはサンバ、ボサノバといったブラジル音楽についても同様です。楽譜上不完全な部分については、演奏者のイマジネイションで補う必要があるのですね。私にとっては若干経験が不足している音楽ジャンル「シャンソン」から、改めて教えられました。
「譜面、楽譜は万能ではない」、「演奏者が楽譜の不備を補うべき」、これは音楽の鉄則だと思います。皆さん是非、記憶に留めておいてくださいね!